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東京高等裁判所 平成元年(ラ)758号 決定

抗告人 日本不動産クレジット株式会社

右代表者代表取締役 加藤幸一

主文

原決定中抗告人の申立てを却下する部分を取り消す。

本件競売申立事件中、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録3記載の請求債権の弁済にあてるため、同目録1記載の抵当権(以下「本件抵当権」という。)に基づき、同決定別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について、担保権実行としての競売手続を開始し、抗告人のためにこれを差し押さえる、との裁判を求める。」というにあり、その理由は、別紙「執行抗告理由書」(写し)記載のとおりである。

二  よって判断するに、一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人は、昭和六一年二月一九日本件競売事件の債務者兼所有者である戸田裕一郎に対して、利率年一四・〇%(一年を三六五日とする日割計算)、遅延損害金年率二〇%(前同の日割計算)利息又は損害金の支払いを遅延し、それが合算して一年分に達したときはこれが当然に元本に組み入れられるものとし、その組み入れられた元本に対し、右の年率二〇%の割合による損害金を付するものとする約定(以下「本件重利の特約」という。)のもとに、金三三〇〇万円を貸し付け、これを担保するため本件抵当権の設定を受け、同月二〇日元本債権額を三三〇〇万円とするその設定登記を受けた。

2  右戸田は、昭和六三年八月二六日に支払うべき利息金の支払を怠ったので、抗告人は、平成元年一一月二〇日、原審裁判所に対し、本件抵当権に基づき本件不動産の競売手続の開始の申立てをしたが、この申立書においては、右貸付元本三三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年八月二七日から年二〇%による遅延損害金を本件抵当権の被担保権債権として表示しつつも、昭和六三年八月二七日から平成元年八月二六日までの年二〇%の割合による遅延損害金六六〇万円(以下「本件元本組入分」という。)を加えた合計三九六〇万円を元本債権額とし、この債権額とこれに対する平成元年八月二七日から支払済みに至るまで年二〇%の割合による遅延損害金を請求債権額として表示し、この請求債権額について本件抵当権の実行としての競売手続の開始を求め、民事執行法第一八一条第一項の文書として、前記抵当権の設定登記がある登記簿の謄本を提出した。

3  原審裁判所は、これに対して、元本三三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年八月二七日から支払済みに至るまで年二〇%の割合による損害金(原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録2記載の債権)を超える部分、すなわち本件元本組入分六六〇万円に対する平成元年八月二七日から支払済みまで年二〇%の割合による遅延損害金の部分については、本件重利の特約は右登記簿に記載がなく、本件元本組入額は登記簿に表示されていないのであるから、民事執行法第一八一条第一項に定め担保権の実行の要件を欠くものとして却下した。

三  しかしながら、原審裁判所の右判断のうち右却下の部分についての判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

抵当権を実行するには、実体法上は、①抵当権が存在すること、②被担保債権が存在すること、③被担保債権について弁済期が到来していること、が必要であるが、民事執行法は抵当権の実行としての競売の開始の要件としては、民事執行規則第一七〇条所定の事項、すなわち、債権者、債務者及び所有者並びに代理人の表示(同条一号)、抵当権及び被担保債権の表示(同二号)、抵当権の実行に係る財産の表示(同三号)、被担保債権の一部について抵当権の実行をするときは、その旨及びその範囲(同四号)を記載した申立書と同法第一八一条第一項又は第二項所定の抵当権の存在を証する文書(以下「法定文書」という。)の提出をすれば足りるものとし、抵当権の存在については右文書の限度において審査をするが、その他の要件である被担保債権の存在等については、申立書に記載させるにとどめ、その存在等を証明させる必要はないものとしている。すなわち、被担保債権については、その表示として、債権発生の原因及びその日付、債権額、元本債権のほかに、利息損害金についても配当を受けようとするときは、その金額又は利率及び起算日を記載する必要があるが、これを証する文書の提出は必要ないものとしているのである。その趣旨は、被担保債権の存在は抵当権の存在の実体法上の要件であるが、この要件の存否は債務者、所有者の側からの執行異議等の申立てをまって審理、判断するのを相当とし、競売手続の開始に当たっては単に抵当権の形式的存在を法定文書により調査すれば足りるとしたことによるのである。

ところで、抵当権の被担保債権について重利の特約をすることはもとより妨げられないが、重利の特約があっても、重利の特約そのものを登記することはできないし、また、その特約に基づいて利息あるいは損害金が元本に組み入れられた場合には、当該抵当権の債権額の登記につき元本組入れによる債権額増額の登記(抵当権の変更登記)をしなければ、その増額をもって第三者に抵抗できない(優先弁済を主張することができない)が、重利の特約に基づき利息損害金が元本に組み入れられたことにより増加した元本部分も当然に当該抵当権の被担保債権となるものである。

したがって、本件競売開始の申立書において被担保債権を表示するには、元本組入れ後の債権を被担保債権として表示すべきこととなるのであって、その表示の方法として、当初の貸付契約及びその年月日、貸付額等のほかに、重利の特約の存在及びこれによる元本組入れ年月日、組入れ額を記載する必要があることになる。そして、既に一部弁済がされている場合などを除き、その債権額は、債権額の増額の登記がされていない限り、法定文書として提出された登記簿に登記されている債権額を上回ることになるけれども、前述のようにもともと被担保債権の存在を証する文書の提出は必要とされていないのであるから、重利の特約の有無や元本への組入額等を証明させるまでもなく、申立書に特に重利の特約により増加する部分を除いて抵当権の実行をする旨の記載(前記四号参照)がされていない限り、その請求債権額全部について抵当権の実行としての競売手続を開始すべきことになるのである(このことは極度額を超える被担保債権が存在する根抵当権についても当てはまる。)。けだし、このように解しないと、第三者に対抗することができるかどうかは別として一個の債権として一個の抵当権によって担保されているにもかかわらず、その一部についてのみしか抵当権の実行を認めない結果となり、未登記抵当権の実行が認められるのと比して不合理であり、また、債権額増額の登記を別個の抵当権の設定登記とみることもできないから、この登記がされていない限り、増額部分について法定文書の提出がないということもできない。

そうであるから、抗告人において、本件重利の特約による損害金の元本組入れ後の本件抵当権の被担保債権の全部について競売手続の開始を求めているのに対し、原決定において、重利の特約によって増加した部分につき法定文書の提出がないとしてこの部分についての抗告人の申立てを却下したのは、元本組入れに係る債権に対する損害金が抵当権の被担保債権の範囲に属する本来の元本債権の果実であることを看過し、恰も別個の債権のごとく誤解した結果による誤りであるというほかない。

四  よって、原決定中、抗告人の申立てを却下する部分を取り消し、改めてこの部分について判断させるためこれを東京地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 清水湛 安齋隆)

〈以下省略〉

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